ひきつづいて小説な話。
小説というかシナリオにはパターンというのが成立してるのがあります。
勧善懲悪ものとか、三角関係とか、嫁が異世界からやってきてコンニチハとか。
で、そういうのは基本部分の重要な設定条件があるせいでどうしてもオチに制限がかかってしまうことが多いのです。
当然、それを守る必要はないんだけどそれを外して成功する例はあんまりない。
いきおいそのフォーマットの中でどう上手に展開するかということになるわけですが。
パターンにはまっている作品だとどうしても「この展開だとラストはこれかこれしかないんだけど、どっちになってもヘコむなぁ」ってのが見えることがあります。
途中では「もしかして例外パターンになるのかな?」と時々期待させつつ「やっぱりヘコむ展開になってしまいそうだ、いやでも...」という山と谷を繰り返されると、それはついつい先を読まされてしまうわけですが、ラストやっぱヘコむオチになったりして今ひとつすっきりしない(非ハリウッド的)作品があるわけですが...
ところが、じゃあこういう作品・作家が嫌いか?というと私としては noで、むしろ好きな作家をあげろというとかなりの数がそういう作家だったりします。(実際世間でも売れてたりするわけです)
じゃあ自分はヘコむために小説よむのか? ってのになるとそれはないわけですよ。
ぱっと何げなく手にとるのはやっぱハッピーエンドだったりキレイにおわったりする本が多いし、繰り返し読むのもそういうのが多い。
でもやっぱりヘコんでしまうとわかっていても買って読んでしまう本がある。
「単にマゾいだけだろー」と言ってしまうとそれまでなんだろうけど、この感覚は何なんだろうなって思うのと同時に、シナリオを考えるときにそういう作りのものを考えだせるのかとなると厳しいなと思ってしまいます。
もしかすると、ゴーヤとかピーマンの料理をうまいと感じるのと同じ世界なのかもしれませんな。甘味だけの料理より、苦味や渋味のある料理のほうが味付け難しいように。
いやはは、人間の感情というものはなかなか上手くバラせないもんですねぇ。