2008年7月アーカイブ

 今日、昼飯のコストダウンと栄養管理のために昼飯弁当化計画を発動。
まずはテストとして一度使ってみた。

 買ったのは、このランチジャー。分量として多いか少ないかわからなかったけど実際いれてみると結構入る。多少スキマありの状態でも満腹がっつり。保温もついてるし、食事のほかにおやつの類いも入れられそうでよいかなー。
 それと、バッグつきなので普段の通勤小物をいれるにもちょうどこれ1つで足りるかなー?

ひらめきbuzzword

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 考えごとってのは、理屈を重ねた結果なにか答えが導き出されるものと、なんとなく自然発生的に不連続に答えが湧き出るものがある。

 で、前者はなんでそういう答えになったかは説明しやすいんだけど後者は難しいことが多い。
 でも、一般的には答えが後者で得られる事はとても多い。

 それは何でかなーとか考えていくつかロジックを立てて考えてみたが今一つ釈然としてなかった。しかし最近ふとジャンプするように別の答えが思い浮かんだ。当然のごとく、なんでそうなのかはキレイに説明できないが、それが正解であることを否定する材料もまた思いつかない。

 これが今のヒトとキカイの差なんだろうな、と思い付きのトリガーとなった戦闘妖精雪風OVAを iPod touchで見ながら、その類似性に少し笑ってしまった。

 遅ればせながら今月の SoftwareDesignを買ってきた。そこの第二特集が「Social Graph」。
あまり知識なく読んでみたけど結構面白い。
 主にネットワーク上にある情報の関係性をグラフ(図ではなくグラフ理論とかで言うほうね。ましてやシュフティさんではない)で扱おうという枠組みのこと。というわけで、ローカルでネット探索robotうごかして自分だけでデータ収集解析してた私にはちょいと興味のあるジャンル。

 で、ただモノとモノ、ヒトとヒトとかの関係性にリンクを見つけたりすることだけなら別段新しくも面白くもなさそーなんですが、それらを扱うための APIやらサービス、枠組みを決めて扱おうよってのが面白いなと思うキモ。
 なんでかってーと、それぞれが見つけた「こういう繋がりがあるよ」「こういう切り口で見るとこんな関係がある」ってのを共有でき、それらからまた新しい発見ができそうなところ。ある意味、グラフのグラフというメタ的展開もまた考えられるわけですな。

 今まではそれらを自然言語で共有することはできても(論文とかブログとか)、じゃあそれを再利用するにはどうすれば?ってなると面倒だったわけで、単純にそういう inter-informationな情報を扱う方法が広がっていくのは単純に面白そう。

 そして、もう1つが「じゃあ他の解釈手法やらも同じように共通化・一般化して表記できるんじゃね?」って興味。実際のデータ自体の computer readableな方法としては XML化とかがあっても、それらをどう handleするのかって methodを computer readableにすることを考えると「じゃあそれは codeにしてね」って世界だったんだけど、そこを一気に広められる手段として、network serive APIってのは確かにありだなぁと。
 まずは、つかえること。導入できて面白そう・使えそうなら広がりやすいだろうし、開発する側もいい意味で中央集約的に管理できるだろうし、同種別案の serviceもまた増やせるだろうし。

 いままで、network service APIをただの remote procedureみたいに考えていたけど「表記方法の1つ」として、動的な表現方法として考えてみればかなり面白い存在なのかもしれない。実体のない、動的な、それでいて実在(real)的な documentとしての network service。
ちょいと深く考えてみたい事象ですな。

禍福は糾える縄の如し

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 最近、仕事が楽しくなってきたなーと上向きに思っていたら、内臓の検査結果に非常に嫌な文字列があってスゲーdown。まぁもうなってしまったものは仕方ないとはいえ。

 世の中うまくできてるんだか、それとも単に反動で強調されたのか、はたまた油断した&調子ぶっこいてたのが悪かったか。まぁとりあえず blogなので自分の記録としても(もしかしたら後でいつだったか気になるかもしれんし(笑))書いておこー。

keep it simple.

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 いつも巡回しているサイトを見ていて気になる話が。「iPhoneが欲しくない」と言えない?という記事。

 これを読んですぐに思いだしたのが中国での行きすぎた自主規制っぷりの報道と、それらに反発する人々の動き。 なぜ欲しくないなら欲しくないと言わないのだろう。日本はそこまでヒドいのだろうか。 ?それが一般のブロガーならばまだしも、職として文章を書く人としてはかなり厳しいのでないだろうか。

 確かに熱狂的な人々はいる(私は前日から行列した人間だが、自分の趣味と一般的価値観の区別ぐらいはつくつもりだ)。
 しかし、彼らは声が大きいだけでしかないはずだ。賛否の賛ばかりという状況に「ちょっと気持ち悪いなぁと思っている」のであれば、むしろ自らの意見こそ広めるべきと堂々として「私はいらない」と言えばいいのではないか。 ?それによって自分の身に危険が及ぶのであれば、まだ理解もできるが、そういうようにも思えない。
 確かに、記事として表明したのだから言わないよりは良いとする向きもあるかもしれない。しかし、この表現では「多数派に与しないと危険である」という流れを後押ししているように見える。

 このページを書いたのが岡田有花氏だったというのは後で気付いたのだが、正直、がっかりした。今までの自分の体を張った面白い記事のように見えていたのは、単に受けることで自分を肯定してもらえると思うが故の記事だったのか。
 あまり politicalな話題は blogでは書かないようにしようと思っていたのだが、多少がっかりの度合いが強かったので今日は記す。

復旧の日

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いや、お恥ずかしい。
ドメイン更新のメールきてたのに放置してたらそのまま失効してしまいました(笑)
で、なんだかんだでようやく復旧。
??まぁ、あまり誰も来てそうにない web siteはともかくメールがコケてたのは
ちと他人様に迷惑をかけてしまって申しわけない。

 とまぁそんな感じで明日(今日)は表参道の行列の具合をみて、朝ならぶか昼ならぶか考えたいと思いますよ。
 時間ツブシアイテムないとなぁ...

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